明日への挑戦

2010年05月21日
「戸別所得補償制度、その光りと陰」(1) 山口大学農学部、糸原義人教授


農学博士糸原義人教授

 戦後日本農業は池田勇人内閣下、1961年の農村版所得倍増計画の農業基本法によって確立されてきた。規模の経済性を理論的支柱に、「自作農維持」を標榜して「儲かる作目を大量生産する」選択的拡大政策は、現在の日本農業の根幹を形作ってきた。

 戦後の所得倍増計画は高度経済成長をわが国にもたらしたが、しかし、米国への輸出急増による貿易黒字の拡大は、急激な円高とともに、工業製品と農産物のバーター貿易として米国からの食糧輸出圧力となって現れ、柑橘、牛肉貿易の自由化、そして WTO設立により、米を含めて全ての農産物貿易の自由化が進み、農産物価格は低下の一途を辿ることになった。

 円高と自由化、あらゆる作目の低価格化が進む中で、選択的拡大路線の破綻、そして食管法の廃止は、米国そして中国からの農産物輸入急増の中で、日本農業の衰退をとめどもなく進めることになった。

 今政府は「戸別所得補償制度」という“新食管制度”とも言うべき制度で、旧「自作農維持制度」を復活させ、それによって「食料自給率」の向上を図ろうとしている。

 確かに、財源が許す範囲で全ての農家が黒字になるのは良い。しかし、高齢化が進み過去と状況が様変わりしている今求められているのは、円高のために輸入食料が確保しやすい状況下で食料自給率の増減によって一喜一憂するのではなく、公的債務残高が 1,000兆円になろうとしている現在、今後の様々なリスク、すなわち円の急落、輸入食料価格の高騰等に備えて、先を見据えた多様な食料自給率向上策を施行しておく所にある。それは、単に財源を年金高齢者にもくまなく支給するというのではなく、例えば、世代交代を進めるために就農希望の若者が就農しやすい環境整備(教育・制度改革等)や生産調整をしなくても良いような日本の高品質農産・加工品の輸出制度改革等、自給率向上に直接・間接的に関連する施策展開がバラマキを廃した「戸別所得補償制度」と同時に相当の予算規模をもって進められなければならない。

 こうした、食料生産・加工・流通における旧自民党政権を凌駕するような次代を見据えた新たな構造改革が明示されない「戸別所得補償制度」には、どこか空しいものを感ずるのは私だけだろうか?

糸原教授略歴
 1948年生まれ。京都大学大学院農学研究科修士修了。農学博士。中山間地域の活性化や地域経営管理構造の最適化などを研究。95年から山口大学農学部教授。県中山間地域等直接支払い制度検討委員会委員や山口市環境審議会委員なども務める。

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