誰でも農業のできる環境に「変」えていこうと、食に携わり頑張り続ける人々を紹介します。
10.11.25
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牛を可愛がる大野健作さん |
長門市三隅にある「OK牧場」で約110頭の和牛を肥育する大野健作さん(35)は、肥育一筋の畜産農家だ。
10.11.25
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稲刈りをする坂田さん |
JA下関青年部菊川支部の坂田謙祐さん(43)は「消費者に満足してもらえる農産物づくり」をモットーに水稲6ヘクタール、麦1ヘクタールを栽培、青年部の盟友と連携を深めながら、地産地消を広めると共に、信頼される農産物を多くの消費者に届けている。
10.11.9
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キャベツ畑を背景に中尾夫妻 |
【山口】水稲180アール、キャベツ250アール、ニンジン70アール、タマネギ80アール、タマネギの苗40アールと多角的に農業を営むのは山口市秋穂二島の中尾満良さん(62)、和子さん(61)夫妻。日照条件が良く野菜が育つのに適した「幸崎干拓」で作られる野菜は味が良いと評判だ。中でも「ニンジン嫌いな人でも食べたら好きになった」というニンジンが自慢で、これからも夫妻仲良く農作業に精を出す。
10.10.21
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収穫前のふじの品質を確かめる友清達一郎さん |
【山口中央】西日本有数のりんご産地、山口市阿東徳佐でりんご栽培をする友清達一郎さん(68)。1962年に栽培を始め、1990年に農事組合法人徳佐りんご組合の組合長に就任した。市場出荷をしない観光農園を中心に地元のりんごをPRしようと取り組んでいる。
10.9.24
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トマトの苗の様子を見る藤田さん |
「旨いものを収穫するためにはそれまでの手間ひまが大切。その過程において、手を抜かず、しっかり観察して育てていけば、良い結果はおのずとやって来る」。山口市秋穂で農業を営む藤田路可(るか)さん(44)は何よりも基本を大事にしている。
10.8.20
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ハウスで作業する倉増さん |
【山口・あぶ萩】「あの人はいつ訪ねてもハウスで仕事しとる―。」農家仲間からこう言われるほど農業に熱心に取り組むのは、山口県萩市片俣御舟子集落のトマト農家、倉増隆資さん(39)だ。「農業は自由に作業できる反面、苦労が単価に反映されないことも多い。それでも毎日の収穫や栽培管理を続ける。本当に農作業が好きじゃないとつとまらない」と笑う。現在、増収と省力栽培、作業の効率アップに試行錯誤しながら、単収10トンを目指して奮闘中だ。
10.8.5
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イチゴハウスで育苗管理する下田さん |
東京で生まれ育ちサラリーマン生活から30代で自分の転機を模索していた下田茂貴さん(37)と妻の美紀さん(39)は、昨年東京で開かれた「新・農業人フェアーin東京会場」の就農相談会がきっかけで、今年4月から山口市徳地地域で2年後のイチゴ栽培農家を目指し研修中。茂貴さんは、4月から2年間山口市徳地新規就農者技術習得支援施設「チャレンジ農場」でイチゴとピーマン、徳地の特産ヤマノイモの栽培技術の習得に挑戦する。美紀さんは県立農業大学校の就農支援塾生で県農業の担い手として作物の基礎知識を学んでいる。最近大型特殊の免許を取得した。茂貴さんは「妻も農業が好きで後押ししてくれる」「農業は一生の仕事で、定年がない。怠けると自分に責任が返ってくる」と、今までと違う環境に魅力を感じる。研修中は行政や県担い手協から生活面での支援を、立ち上げ時にはJAから施設ハウスや共販で支援を受ける。「当初は高設イチゴ栽培を20アールから始め将来は、地域農業の担い手として貢献したい」「不安もあるが、やる気は十分ある。チャレンジ農場の先輩から実践活動を学んで頑張りたい」と笑顔で話す。
10.7.23
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「久野ファーム」代表理事の浅野さん |
「これからの農業を担う主体は組織的担い手と認定農業者。国は彼らの声を聞き、政策に大きく反映すべき」と農事組合法人「久野ファーム」代表理事浅野東雄さんは今の農政を厳しく見る。これまでの担い手育成の政策から、小規模農家を守る政策に移ったことで、先が見えなくなったことに不安を感じているからだ。今後、揺れ動く農政から集落を守ろうと、法人としての活動をより活発化させる考えを示す。
10.7.9
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(有)佐山ファーム代表取締役社長、梅本八郎さん(66) |
「次の世代へ命を育む農業を伝えていきたい。これからの農業は若い人の力なくしてはあり得ない」(有)佐山ファーム・代表取締役の梅本八郎さん(66)の信条だ。定年を迎えるまでは1.5haの水稲を中心とした兼業農家だったが、生まれ育った地区の農業振興を図るため、2001年にほ場整備に参画。2005年には農業会議、農業技術センター、農林事務所、山口市、JAの指導・協力を得て、認定農業者3人で(有)佐山ファームを立ち上げた。
10.6.23
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JA山口中央代表理事組合長益冨嘉男 |
政権交代により、農政の大転換の中、小子高齢者、担い手不足など山口県農業は大きな転換期に直面している。
10.6.8
日本農業の復権は、歴史の検証から始まる。10.5.21
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農学博士糸原義人教授 |
戦後日本農業は池田勇人内閣下、1961年の農村版所得倍増計画の農業基本法によって確立されてきた。規模の経済性を理論的支柱に、「自作農維持」を標榜して「儲かる作目を大量生産する」選択的拡大政策は、現在の日本農業の根幹を形作ってきた。
10.5.10
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「やまぐち自然薯生産組合」岩政代表(70) |
健康食品「自然薯」の全国普及に取り組む柳井市の農事組合法人「やまぐち自然薯生産組合」代表(元JA南すおう経済部長・理事)の岩政幸人さん(70)は4月中旬、県内外から165人のオーナーが参加し自然薯栽培の開園式を開らいた。親子連れで応募したオーナーらは、事前に法人が準備したほ場で、埋め込まれた畜産波板シートに山土入れ、案内棒に記された位置に種芋を植え付けた。植え付け後ムカゴ入りご飯や自然薯餅を食べながら、生産者との楽しい交流を深めた。
10.4.28
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現場でクリの剪定指導する江本営農技術顧問 |
農家には裸で指導し、信頼関係を築いてきたJA山口東経済部営農技術顧問の江本透さん(70)は、今も現役の営農指導員として技術指導や農薬使用基準などの指導に当たり、10年間生産者とともに歩んできた。岩国農林事務所農業部長を最後に定年後、縁あってJA山口東に入組。県農業改良普及員としての40年間は主に、旧岩国市、玖珂町、美川町、錦町、美和町、周東町、由宇町、本郷村管内で特産のワサビ、クリ、コンニャクの栽培技術を先輩から教わり、指導に携わった。そのため地域特産の思いは強く、JAでは培ってきた経験を生かし、2002年一般野菜から始めた営農塾は、2年目に果樹、2006年は専門分野のワサビ、翌年はくり営農塾の開設に繋がった。また、防除基準や野菜栽培テキストの作成や水稲、園芸作物の暦も作った。
今は昔に比べ収量も最盛期の1/3と厳しい状況で、「このままでは美和町特産品『岸根くり』やワサビはなくなる」と心配する。このため担い手確保に向け農林事務所の支援や資料作成、講師をするなど営農塾に力を入れてきた。その成果が現れ今まで営農塾を修了した塾生62人のうち20人が担い手として活躍する。塾生は行政やJA職員のOB、定年退職者、新規就農者など幅広い。「今後管内の休耕田を生かし、標高差を利用したホウレンソウやはなっこりーなどの露地野菜の生産拡大を図り、脆弱な生産基盤から規模拡大など、本格的に共販作物として収穫が確保できる特産地にしたい」と、意気込む。
「流通で今一番求められているのは集荷体制の一元化。地元市場を熟知し決裁能力の高い卸会社と連携して、安全・安心の農産物の販売ルートを確保すること」と、地域を重視した市場ルートの大切さも強調する。
国が進める減反政策など農業を危惧する疑問には、自身の考えを直接農家に訴えてきた政策通。「これからも現場主義を貫き、持続できる農業の構築とともに、農家所得の向上に向け、助言を惜しまず農家を支えたい」と、農への思いをにじませる。
10.4.14
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毎日点検する巡視員の藤本博さん(75) |
地球温暖化防止対策とエコ社会の実現を目指し、自然エネルギーを利用した小規模な小水力発電が再生エネルギーとして注目されている。岩国市の錦川水系大野川にある稗原発電所は1967年に設置され、JA山口東が許可権者である岩国市(当時は錦町)から取水施設管理者として委託を受け今も発電を続けている。約40年間省エネ発電として活躍、今は償還も終わり、発電される電力は中国電力㈱に売電しJAの経営にも貢献している。
元錦町広瀬農協の中村貞夫参事は「当時農村地域は電力供給量が少なく、広瀬の一部にランプを使用していた家もあった。この施設は農山漁村電気導入促進法の適用を受け、導入に至った。水路が決壊し崩れた山を買い取ったこともあった」と、当時を振り返る。県内では広瀬と今の山口市阿東町生雲のほか、計3つの発電所があったという。
発電方式は、河川の流れを貯めることなく、そのまま発電に使用する「流れ込み式」の水力発電。取水口から1509メートルの導水路で水槽に導かれ、そこから114メートルの落差のある水圧鉄管を通り、300KWを発電する水車を抜け放水される。梅雨時期は水量が豊富で発電能力が高い。
発電設備の基本点検は電気保安協会に委託し、毎日の保守点検は巡視員の藤本博さん(75)が担当している。藤本さんは以前はJA職員で30代の頃は2人で交代勤務した。日常の巡視点検は積算電力計、水車の回転数、電圧などの計測や回転部分の油差しなど発電運転に大切な点検を行っている。雷による発電が止まった場合の対応や水槽の落葉を取り除くのも大切な作業だ。
今、稗原発電より小さく狭い川や農業用水路の自然エネルギーを利用する小水力発電の電力供給量は増加の方向で、住宅用太陽光発電パネルと併せ、温室効果ガスを削減する再生エネルギーとして期待が寄せられている。
10.3.17
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販路拡大に向けスタッフとミーティングする中島社長(中央) |
「はなえる」コロッケ人気度NO1と自称する(株)「なかしん」中島真哉社長(38)は、美祢市の小さな会社でコロッケ造りをスタート、5年前に本格的に取り組みたいとコロッケ製造工場を立ち上げた。お米(晴るる )、ジャガイモ、美東ゴボウ、岩国レンコンなど地元食材でブランド「はなえる」コロッケを商品化、食材固有の旨さと、今までにない小気味よい食感が消費者に喜ばれ、販売を伸ばしている。「これから都市圏に向け地方から新鮮で安全な商品を発信することで、地元農家に還元したい」と、地産地消を強調する。ブランド名「はなえる」は県の方言で「始める」を意味する。地産地消のコロッケ製造は熱血社長と18人のスタッフ、地域の農家とも交流し、製造業者と生産者が一体で取り組む。中島社長は「人が口に入れるものを造るという自覚が必要」と、日頃から職員に声かけし、製造過程に問題があれは、初めから造り直すほど、こだわり商品に自信をにじませる。小売店や移動販売車も導入し、販売網を広げている。
都市圏への販売増を見込み、昨年設備投資し、冷凍室も備え3,000個から14,000個製造できる新工場を増設、今後販売額を2015年には7億円に乗せたい考えだ。またコスト低減に、美祢社会復帰促進センターに手間のかかるジャガイモの皮むきを依頼、流通経費削減のため、直接地元の生産者から双方が納得のいく価格で食材を買い入れている。
最近の都市は台所がなく、レンジしかない住宅が増えている。このため簡単にレンジで温めて食べられる「レンジでポン」新商品を開発、スーパーやコンビニエンスストアー、インターネット販売でさらに販路拡大に夢を膨らせる。地元でジャガイモを栽培する梅香営農組合やJAも「需要が伸びて営農組合の経営安定に繋がれば」と、全面的に協力する。
中島社長は都市と農村を結ぶグリーンツーリズムの活動も経験、「故郷の活性化とともに農家の手助けになれば」と、耕作放棄地の解消に地産地消のコロッケ製造に踏み切った。今もその思いが心の支えになっている。
10.3.8
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みそ造りで米麹の切り返しをする「和田農産物加工グループ」のメンバー |
周南市の中心部から車で30分、山林に囲まれた周南市高瀬のJA周南和田農産物加工所。60代の女性7人が運営する「和田農産物加工グループ」が、地元の特産品を活かした加工品で売上げを伸ばしている。
同グループは、1989年に40代の主婦を中心に設立し、県や市、JAに働きかけて1991年に同加工所を設け、ここを拠点に活動する。高瀬みそ、高瀬こんにゃく、オレンジケーキ、高瀬饅頭の4商品を造り、JA直売所や道の駅などで販売する。代表の友田タカ子さん(63)は、「私たちの商品は全てゼロから造り上げてきた。どれをとっても自信作」と、自信をにじます。
素材は地元産にこだわる。特産のコンニャク芋を活かそうと手探りで始めたこんにゃくは、試行錯誤と研究への努力が実を結び、現在煮物用とさしみ用の2商品で売上げの半分を占める主力商品となった。市の学校給食にも納入し、毎年加工所に地元小・中学生を呼んでこんにゃくやみそ造りの体験学習など、地産地消や食農教育に一役買っている。
地域と連携した活動も大切にする。昨年は高瀬茶などの加工品との詰め合わせ「和田ふるさとセット」を販売し、評判は上々で県内外へ120セットを売り上げた。
これから技術の伝承をしながら自然に世代交代していくのが願いだ。「造る喜び、売る喜び」を地元の若い世代にも知ってほしい。それがグループ立ち上げや加工所設立の際、力になってくれた地元の先輩女性たちへの恩返しでもある。
10.2.17
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椎茸の原木が並ぶハウス内の英夫さん夫婦 |
昨年、椎茸などきのこ類の調査研究や栽培に功績のあった者を表彰する森喜作賞の生産部門の一名に山口市徳地船路の井原英夫さん(77)が本県で初めて選ばれた。
井原さんは妻の啓子さん(73)と50数年の永きにわたり椎茸生産一筋の専業農家。当初仲間づくりに徳地町椎茸生産協議会や船路産業振興会も立ち上げた。今は徳地林業振興会会長として、椎茸振興に貢献している。井原さんは「椎茸栽培を始めて54年目に思いがけない賞をいただき、感激と喜びがある」と、笑顔で話す。
経営は林業と椎茸栽培で、林業(40ヘクタール)は外材に押されて不況。今は主に椎茸栽培の原木材(6ヘクタール=くぬぎ林)を育て種齣を年間4,000本~5,000本打ち込み、毎年乾燥椎茸を出荷する。先輩から椎茸生産は原木づくりが基本と教わり、計画増産するため40年前から原木の苗を植え付け、20年後に椎茸の原木として伐採する。原木の耐用年数は約5年、数十年の歳月を経て生産する椎茸は、この作業を毎年繰り返すことが収穫に繋がり生活基盤も確立できる。
食品の偽装表示が発覚して以降、消費者は安全・安心な農畜産物を求めている。農薬や化学肥料を一切使用しない椎茸は人気があり、生産が追いつかない状況だ。収穫は春と秋の2回で需要も反映して昨年も完売した。
標高差を利用した栽培は、寒暖差と年間を通じた雨量で、美味しい椎茸に仕上がり、収穫時期もずれて作業が分担出来る。自然力で育った椎茸は「自分で販売することが大切」と話す英夫さんに、対面販売で協力する啓子さん。「消費者指向は自然食品に向けられている。椎茸は栄養化も高く、健康食品として喜ばれており、安全な椎茸を広くPRしたい」と、意気込む。女性部「森のきのこグループ」活動ではイベントに参加、固定客を増やすとともに、管内の直売所やJA加工センターへ出荷する。英夫さんは担い手を育てようと地元小学生を招いて種齣打ちの体験など食農教育に協力する。「息子も良き理解者で休日は手伝ってくれ、後継者として期待している」と、顔が自然と微笑む。
10.2.4
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農産物加工センターの夛谷さん |
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郷土料理「ゆうれい寿し」 |
体が続く限り郷土料理を伝えたいと農業する傍ら、今日も仲間とともに加工品づくりに精を出す宇部市吉部の夛谷敦子さん(69)は、楠地区生活改善実行グループ連絡協議会会長も務める。夫と二人で水稲2ヘクタールと畑6アール(キュウリ)を栽培、裏作はレタスやはなっこりーなど8アール営む。コミュニティを大切にしたいと朝市「おいでませ吉部」を拠点に、新鮮野菜の出荷やホタル祭りなど地域のイベントにも積極的に協力参加する。
今力を入れているのが、「農産物加工センター」で作る郷土料理「ゆうれい寿し」と「竿まんじゅう」で、消費者や子どもらに広く知ってほしいと体験交流会や試食会、販売活動など精力的にこなす。
食味の美味しい吉部米は、具なしでも美味しい「白寿司」を「ゆうれい寿し」と呼んだ。今は「かやく入り寿司し」の上に「白寿し」を6:4の割合で、寿司枠に4段重ねた押し寿司を切って食べる。最近は寿司の上に季節感のあるキュウリやサンショ、シソなどを置き現代風にアレンジする。昔盆や祭りで親戚をもてなすときに食べた。
「竿まんじゅう」は大内氏の時代、内藤隆春の家臣が、敵を薙刀を使い大勝利し、労をねぎらうため作られたのが始まり。米粉をこねて蒸して長さ80センチ位にし、布の上で伸ばし、アンコを入れて包み適当に切って食べる。表面に赤と青の食紅で描いた模様は鮮やかだ。作り方を「こどもわくわく体験交流会」で教えた子どもらは「美味しい」と喜んでくれた。
同協議会の会員は34人。活動も台所改善から始まり、今は食へ移り変わり「蕎麦の会」など多彩な活動にも取り組む。加工品づくりは全員がイベント時間に合わせるため4、5時起きから始める。敦子さんは30代の頃、農機に左手を挟まれたが、不十な体とは思われないほど「世話好き」な明るい性格がみんなを励ます。「高齢化のなか、農業も現役で活動するのは困難もあるが、手作りの加工品は限られており、これからも一生懸命生改連活動に努力したい」と、明るく答えた。
10.1.22
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元気に育ったハクサイ、ブロッコリー、ダイコン畑の粟屋さん |
40歳の時に自然農(不耕起不施肥)の世界を観て「美しい」と思った。以来兼業の中で、試行錯誤を繰り返えすうちに、気が付くと卒サラ(4年前)して、専業農家になっていたと話す山口市徳地堀の粟屋怜さん(53)。粟屋さんの有機農業のベースには自然農の世界観の思想(詩想)が源泉だ。山口環境保全型農業推進研究会会員で専業農家として約2.5ヘクタールで有機農業を営む。妻と娘、息子、父母、祖母の7人家族。野菜づくりは、堆肥は冬に作り、耕起するところは有機質肥料をほどほどに入れる。ボカシ肥料づくりは米ヌカとオカラ、一部バーク土壌堆肥も購入するが、後作の場合ダイコンなど何も入れなくても出来る野菜もある。水田の除草に動力除草機も使うが、代かきを念入りに2回施し、草を抑え込むことが大切と考える。合鴨農法も取り入れ、地域の人に合鴨を見て喜んでもらえるよう地域の環境にも配慮する。合鴨農法で8俵、肥料は入れなくても6俵は採れる。今時期の畑はハクサイ、ダイコン、キャベツなどの野菜が勢いよく色づいている。安全・安心の農産物は、専門店や宅配を中心に販売する。今の農業で「家族みんなが健康で暮らしていければ」と、楽観的な人柄だ。
農業の業は「ごう」とも読め、違和感を感じるとも。今までの農業は選択的拡大を進めた結果、本当の豊かさが見失われているのではないかと考える。
自身の農業は自給自足をベースに、農業収入は暮らせる範囲と余裕のある農業経営を目指す。中古の機械で、低コスト農業に挑戦する一方、近代化資金で倉庫を建て替えたいと、計画的生産拡大にも意欲的だ。
JAにエコ50の農家を主に「エコ農法研究会」を立ち上げ、昨年試験田で合鴨農法により水稲栽培した。収量は6俵あり、農家の中には期待する兆しもある。今の農業に求められるのは「農産物が再生産できる適正価格の世論形成に努めるとともに、消費者と生産者、JAがともに連携し、地球にやさしい環境保全型の農業の構築を望みたい」と、思いをにじませる。
10.1.4
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「風呂鍬」を手作りする石田さん |
【山口】親から引き継ぎ1本1本手作りの農具を製造する宇部市の石田農具製作所店主の石田泰史さん(84)は、妻の登芽さん(77)と二人で、木製の柄に鉄製の刃先を付けた木の鍬「風呂鍬」を製造する。今でも切れ味、長もてがする、使いかってが良いと、手作り農具に愛着を持つ農家に人気がある。
創業は1937年。農業の機械化が始まる前は残業しても納期が間に合わないほど注文があった。今は農業の衰退と機械化で需要も減るなか、家庭菜園や機械で耕起できない所を鍬で利用する農家が訪れる。県内の一部JAへ納入する。製造と修理は時間がかかり収益も度外視し、訪問修理も気軽に応じる。最近安い物が量販店に出回り、個人経営は大変な状況だが、石田さんが刃先に硬い樫の木の柄をかしめて締めて作る「風呂鍬」は高度な技術が必要。手作り農具の製造は県下ではここのみ。エコ農業では必要不可欠な道具で、伝承技術として貴重な存在だ。
店内はノミ、カンナ、ドリルなどがぐるり並び平鍬や菜園鍵、三鍬、植木堀や片手鍬などや、最近は錆びない泥が付きぬくいステンレス製の鍬の刃先に鋼を溶接した鍬も販売する。数年前まで柔剣道を子供らに指導、このため県外から武道で使う棒剣の注文も請け負う。「健康で自分の体が続く限り、手作り農具にこだわりたい」と、夫婦は笑顔で話す。