農をすすめる人たち

 誰でも農業のできる環境に「変」えていこうと、食に携わり頑張り続ける人々を紹介します。


こだわりをもって肥育一筋/大野健作さん

10.11.25

牛を可愛がる大野健作さん
牛を可愛がる大野健作さん

 

 長門市三隅にある「OK牧場」で約110頭の和牛を肥育する大野健作さん(35)は、肥育一筋の畜産農家だ。
 
 農高・農大で畜産を勉強し、佐賀県で1年間研修、その後、親子で山を切り開き3年かけて現在使用している牛舎2棟を完成させた。また、導入する子牛にもこだわっており、品質を一定に保つため、実際に自分の目で見極めた黒毛和牛の去勢を導入している。丹精込めて育てあげた肉は評価も高く、平成13年にはやまぐち和牛共励会の最優秀賞を受賞した。また、今年長門市で「長州ながと和牛」というブランドが生まれたことで、大野さんの生産意欲は増している。
 
 このように仕事にストイックな姿勢を見せる大野さんは、現在、山口県農協青壮年組織協議会で盟友らと共に山口県農業の振興にも一役かっている。様々な活動で心を通じ合わせた県内・県外の仲間は、大野さんの農業人生にとってかけがえのないものだ。

 今後について尋ねると「肥育はとても楽しく牛は見ていて飽きないので今後もがんばっていきたい。牛を一緒に可愛がってくれる奥さんがほしいなぁ」と笑顔で話した。
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「消費者に満足してもらえる農産物を」/坂田謙祐

10.11.25

稲刈りをする坂田さん
稲刈りをする坂田さん

 

 JA下関青年部菊川支部の坂田謙祐さん(43)は「消費者に満足してもらえる農産物づくり」をモットーに水稲6ヘクタール、麦1ヘクタールを栽培、青年部の盟友と連携を深めながら、地産地消を広めると共に、信頼される農産物を多くの消費者に届けている。
 
 山口県農協青壮年組織協議会委員長を務めていたこともあり、山口県の農業を引っ張っていく強いリーダーシップと前向きな考え方を持つ坂田さんは、多くの盟友から慕われている。565人の盟友がいる同協議会の中でも若い力を十分に発揮し、山口県の農業の振興に努める。現在問題となっているTPP交渉に関しても、食料の大半を他国に頼ると日本の食の形が崩れることを懸念し、消費者にとって良いものを届ることを使命に感じている。
 
 坂田さんは「私の印象に残っている言葉に『ごはんをもう1口多く食べれば食料自給率は1%上がる』というものがある。このごはん1口運動で消費者、そして未来の生産者となる子どもたちに食料自給率の向上と農業の素晴らしさを呼び掛け、日本の農業を守っていきたい」と一歩先を見据えて、これからも農作業に励む。
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夫婦で仲良く農作業!/中尾満良・和子夫妻

10.11.9

キャベツ畑を背景に中尾夫妻
キャベツ畑を背景に中尾夫妻

 

  【山口】水稲180アール、キャベツ250アール、ニンジン70アール、タマネギ80アール、タマネギの苗40アールと多角的に農業を営むのは山口市秋穂二島の中尾満良さん(62)、和子さん(61)夫妻。日照条件が良く野菜が育つのに適した「幸崎干拓」で作られる野菜は味が良いと評判だ。中でも「ニンジン嫌いな人でも食べたら好きになった」というニンジンが自慢で、これからも夫妻仲良く農作業に精を出す。
 
 JA山口中央ニンジン部会長も務める中尾満良さんは昭和42年に就農し、現在まで農業一筋の大ベテランだ。これまで様々な農産物を育ててきており、同地区でもナンバー1、2を争う広い耕地面積を持つ。天候に悩まされることが多く、畑が冠水したりと大変な経験もしたが、農業にはそれに勝る充実感・やりがいもあると夫婦仲良く話す姿はほほえましいものがあった。今後、産地を守るため、地域の人と協力して後継者育成の検討も行っていく。
 
 中尾満良さんは「現在様々な流通方法があるが、私はJAの共販を通して地産・地消を進めていきたい。大きな産地と比べると経営規模は小さいが、安全・安心で美味しいものをこれからも地元の方に届けたい」と話した。
 
 藤田さんは「農業情勢・情報について見聞を広めることも大事だが、先ずは地産地消など地元農業の振興に目を向けることが大切。安心・安全な農産物を作り出し、厳しさ、楽しさを含め農業の魅力をアピールしていきたい」とこれからの農業について話した。
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観光農園で地元のりんごをPR/友清達一郎

10.10.21

収穫前のふじの品質を確かめる友清達一郎さん
収穫前のふじの品質を確かめる友清達一郎さん

 

 【山口中央】西日本有数のりんご産地、山口市阿東徳佐でりんご栽培をする友清達一郎さん(68)。1962年に栽培を始め、1990年に農事組合法人徳佐りんご組合の組合長に就任した。市場出荷をしない観光農園を中心に地元のりんごをPRしようと取り組んでいる。
 
 同地区がりんごの産地化に取り組み始めたのは戦後。現在、組合には16の農家が加入しており、約30ヘクタールで栽培。品種は、つがるや秋映、新世界、ぐんま名月、ふじなどを中心に1万5千本のりんごの木が植えられている。年間の生産量は約1千トン。16の農家全てが観光型の農園を経営しており、年間約9万人がりんご狩りに訪れる。県内の小学生らの農業体験や遠足の受け入れにも応え、年間約700人が摘果や収穫作業を体験する。
 
 友清さんは、栽培面積を増やすことは考えていない。それよりも、同じ面積でいかに単収を上げるかに重点を置いている。土壌の改善や剪定(せんてい)技術の向上に早くから取り組み、地元のもみがらや茶葉のしぼりかす、生鶏糞などを使った有機肥料を年間約150トン作り農園にまき、土壌改良前は10アールあたり約2トンの収量が現在では約3トンまで向上した。
 
 友清さんは同組合の組合長に就任して以来、後継者の育成と確保にも率先して取り組んでいる。農家の子どもたちには、りんご栽培のいい事、苦しい事など全てを伝え、また、長野県の農業大学校への推薦も行ない、後継者には全員同学校で2年間りんご栽培のノウハウを学ばせた。この熱意が伝わり、就任した当時は2戸の農家しか後継者が決まっていなかったが、現在は16の農家すべて後継者が決まっている。友清さんは後継者に「長野県の篤農家とのつながりを持ち、地元での組合活動に生かしてほしい」と活躍を期待している。
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旨いものを収穫するためにはそれまでの手間ひまが大切

10.9.24

トマトの苗の様子を見る藤田さん
トマトの苗の様子を見る藤田さん

 

 「旨いものを収穫するためにはそれまでの手間ひまが大切。その過程において、手を抜かず、しっかり観察して育てていけば、良い結果はおのずとやって来る」。山口市秋穂で農業を営む藤田路可(るか)さん(44)は何よりも基本を大事にしている。
 
 藤田さんは脱サラし、35歳で就農。現在、極早生・多収の「マイロック」、高糖度・大玉の「ごほうび」という品種の冬春トマトを17アールほど越冬ハウス栽培している。藤田さんが栽培するトマトを口にした人は、「とにかく甘い!そしてコクがある」と言う。一つ一つ丁寧に、手間ひまかけて栽培されるからこそ、品質の高いトマトができるのだ。
 
 夏場はハウスの太陽熱消毒を行い、トマト栽培を休止。無人ヘリコプターによる水稲消毒作業で、地元はもちろん県外での依頼作業に出張する日が続く。
今後の目標は、地元・秋穂のトマトをブランドとして普及させることと、それに併せたハウスの団地化。高齢者の農業からのリタイアが相次ぐ中、農業仲間の増加と地域農業の振興も目標に掲げ農作業に汗を流す。
 
 藤田さんは「農業情勢・情報について見聞を広めることも大事だが、先ずは地産地消など地元農業の振興に目を向けることが大切。安心・安全な農産物を作り出し、厳しさ、楽しさを含め農業の魅力をアピールしていきたい」とこれからの農業について話した。
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「農をすすめる人たち」トマトの栽培技術高めたい

10.8.20

ハウスで作業する倉増さん
ハウスで作業する倉増さん

 

 【山口・あぶ萩】「あの人はいつ訪ねてもハウスで仕事しとる―。」農家仲間からこう言われるほど農業に熱心に取り組むのは、山口県萩市片俣御舟子集落のトマト農家、倉増隆資さん(39)だ。「農業は自由に作業できる反面、苦労が単価に反映されないことも多い。それでも毎日の収穫や栽培管理を続ける。本当に農作業が好きじゃないとつとまらない」と笑う。現在、増収と省力栽培、作業の効率アップに試行錯誤しながら、単収10トンを目指して奮闘中だ。
 
 幼い頃から農業を身近に感じて育った隆資さんは、農業大学校と卸売市場で農業や流通について学び、22歳でUターン就農した。実家は水稲専業農家だが、当時から栽培が盛んなトマトを選び、ハウス4棟を新設、現在は6棟(17アール)で「麗夏」2,300本を栽培する。栽培管理は隆資さんが行い、収穫作業は両親が交代で手伝う。「就農当初は青枯病が蔓延し、収量が伸びない年が4,5年続いた。青枯病は出荷間近な6,7月に出始めるのでショックも大きかった」と当時を振り返る。
 
 隆資さんは、増収と品質の安定のため、裂果率が比較的少なく、安定した収量が期待できる「麗夏」に品種を絞った。また、ホルモン処理にハチを導入し、収穫時に合わせて庭先選果をすることで省力化と作業の効率アップを図る。農閑期はシイタケ栽培や林業、スキー場でアルバイトもする。
 
 所属する「山口あぶトマト部会」の平均単収は6トン前後だが、隆資さんの昨年の単収は約9トン。栽培当初に比べて倍増した。隆資さんは、昨年の成果を原動力に、「今後は20段目まで収穫できるような木づくりを行い、単収10トン以上を目指したい」と意欲を見せる。
 
 「若い農家がどんどん増えてほしいが、行政の手厚い就農支援があってもなかなか定着・増加しない。就農の苦労がわかる分、積極的に応援したい」とエールを送る。
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山口市徳地新規就農者技術習得支援施設「チャレンジ農場」研修生

10.8.5

イチゴハウスで育苗管理する下田さん
イチゴハウスで育苗管理する下田さん

 

 東京で生まれ育ちサラリーマン生活から30代で自分の転機を模索していた下田茂貴さん(37)と妻の美紀さん(39)は、昨年東京で開かれた「新・農業人フェアーin東京会場」の就農相談会がきっかけで、今年4月から山口市徳地地域で2年後のイチゴ栽培農家を目指し研修中。茂貴さんは、4月から2年間山口市徳地新規就農者技術習得支援施設「チャレンジ農場」でイチゴとピーマン、徳地の特産ヤマノイモの栽培技術の習得に挑戦する。美紀さんは県立農業大学校の就農支援塾生で県農業の担い手として作物の基礎知識を学んでいる。最近大型特殊の免許を取得した。茂貴さんは「妻も農業が好きで後押ししてくれる」「農業は一生の仕事で、定年がない。怠けると自分に責任が返ってくる」と、今までと違う環境に魅力を感じる。研修中は行政や県担い手協から生活面での支援を、立ち上げ時にはJAから施設ハウスや共販で支援を受ける。「当初は高設イチゴ栽培を20アールから始め将来は、地域農業の担い手として貢献したい」「不安もあるが、やる気は十分ある。チャレンジ農場の先輩から実践活動を学んで頑張りたい」と笑顔で話す。
 
 現在、農場内のイチゴハウスで定植から育苗管理の技術を習得中。品種トヨノカ、サチノカの親苗から何倍もの苗を育てる。今年は低温など地球温暖化の影響で例年と違う天候が続く。「植物は生き物で元気のない植物の変化に気付かない場合もある」と、植物が成長する環境を作る仕事に生き甲斐を感じる。
 
 夫婦は農場のチャレンジ寮に入り、夜はその日の研修について情報交換する。イチゴ苗の採り方や農作業の様子などお互いに意見を出し合い、励まし合うことで相乗効果も生まれる。
 
 イチゴは価格に変動のない作物だが、今は厳しい状況。このため「販売では自分のブランド名を選んでもらえるよう心掛け、地域の農家から認められるイチゴづくりに専念したい」と、夫婦は夢を膨らませる。
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組織的担い手に向けた政策強化を/「久野ファーム」代表理事浅野東雄さん

10.7.23

「久野ファーム」代表理事の浅野さん
「久野ファーム」代表理事の浅野さん

 

 「これからの農業を担う主体は組織的担い手と認定農業者。国は彼らの声を聞き、政策に大きく反映すべき」と農事組合法人「久野ファーム」代表理事浅野東雄さんは今の農政を厳しく見る。これまでの担い手育成の政策から、小規模農家を守る政策に移ったことで、先が見えなくなったことに不安を感じているからだ。今後、揺れ動く農政から集落を守ろうと、法人としての活動をより活発化させる考えを示す。
 
 農事組合法人「久野ファーム」は、2006年設立。それまでは久野営農組合として、3年1巡の麦・大豆のブロックローテーションを中心とした水稲堪水直播をはじめ、中山間地域直接支払制度を導入した農業・農村の環境整備も行っていた。しかし、担い手不足と深刻な高齢化で個々の農地の荒廃化が危惧されたため、集落を守ろうとそれまでの営農組合を農用地利用改善団体「久野ファーム」に改組した。組合員戸数64戸、活動対象面積51haからなる組織は、地域にとってなくてはならない存在となった。
 
 このように軌道に乗ってきた法人だが、現在の戸別所得補償制度に不安を抱いている。「この制度で食料自給率の向上、担い手確保ができるのだろうか。我々は、二毛作野菜に対する特別な助成措置、担い手へのソフト支援強化、機械や施設(大型機械格納庫)の補助事業の拡充などを望んでいる。もっと現場の声を聞いてほしい」浅野さんはそう語る。
 
 揺れ動く農政に不安を抱えつつも、今後は環境整備や安全管理に力を入れ、法人経営の安定化や集落内の親睦を深めるための交流活動に努めていく。
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農業を次の世代へ~有限会社佐山ファーム~

10.7.9

(有)佐山ファーム代表取締役社長、梅本八郎さん(66)
(有)佐山ファーム代表取締役社長、梅本八郎さん(66)

 

 「次の世代へ命を育む農業を伝えていきたい。これからの農業は若い人の力なくしてはあり得ない」(有)佐山ファーム・代表取締役の梅本八郎さん(66)の信条だ。定年を迎えるまでは1.5haの水稲を中心とした兼業農家だったが、生まれ育った地区の農業振興を図るため、2001年にほ場整備に参画。2005年には農業会議、農業技術センター、農林事務所、山口市、JAの指導・協力を得て、認定農業者3人で(有)佐山ファームを立ち上げた。
 
 現在は会社と個人合わせて24haの水田を経営しており、水田農業推進員、JA山口中央の主穀部会・タマネギ部会の委員も担う。また、エコファーマーとして、環境に優しい栽培も行っている。はなっこりーは、アパート方式と呼ばれる業務分担を行い、梅本さんが種植えをした後は地域住民が管理するという方法を採用している。このように会社外の地域住民と一体になり、喜びを分かち合いながら農業を行うのが梅本さんのスタイルだ。農作業に加わることは、地域の人々にとって生きがいにもなっている。
 
 また、サラリーマン時代に培ったコンピュータ技術を用い、作物の栽培暦、ほ場図、施肥設計、経理・税務処理、地域労働者の管理などをパソコンで処理し、業務の効率化も図る。
 
 今後の目標は、3年以内に若い労働者を雇うこと。信条である若い世代の育成が目的だ。また、地酒の生産という夢も抱いており、(株)下関酒造、地元生産者と連携し事業を推進している。
 
 「農業は大変だが同時に喜びでもある。農村における協同精神で、人間が育つ環境を作りたい」と語った。
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農政の転換を求めて

10.6.23

JA山口中央代表理事組合長益冨嘉男
JA山口中央代表理事組合長益冨嘉男

 

 政権交代により、農政の大転換の中、小子高齢者、担い手不足など山口県農業は大きな転換期に直面している。

 県農業は、この10年間で農家数は2割減の約45,000戸、耕作放棄地は約5,200ヘクタールに倍増した。農業は県経済を支える基幹産業であり、農業の再生は喫緊の課題である。農業振興を永続的に行う担い手組織、一地区一経営体が望ましいと考える。代表的な当JAの嘉年地区の大規模法人は、一長一短はあるが集落の溜池、山林を始め農業資源の確保と農業振興に大きく貢献している。

 1970年に生産調整が始まり、耕作面積の6割しか生産できない状況が40年続いた。この間農畜産物の輸入自由化とともに、農林予算の減少に伴い生産原価を割る米価に農家の経営は困難を極め、担い手不足や食料自給率も40%に低下し、日本の食料安全保障も劣悪となっている。

 新政権が進める戸別所得補償制度は、生産基盤が異なる各県を全国一律に10アール当たり15,000円の助成措置は農地の7割が中山間地域の本県での適用は無理があり、今後見直しを要望したい。国民の安全保障の問題であり、現場の実態を反映した制度に改善し、農家の経営を支援する永続的な制度にする必要がある。JAはその先頭に立つとともに、国際競争力を強めるため、10アール当たりの生産時間の短縮など生産新技術の開発と世界一安全安心な農産物を生産する栽培技術の確立が大切である。

 国は食料自給率を10年間で40%から50%(カロリーベース)に高めるとしているが、現在日本が世界各国から輸入する食料は小麦、とうもろこし、大豆、なたね、大麦や飼料などその量を作付面積にすると1,200万ヘクタールで我が国の米耕作面積の約7.4倍に相当する。このため自給率の改善には全ての農家が裏作を行い、耕作放棄地を100%復田することが第一歩となりJAの役割は重要である。

 県政への要望として、1.若年層の定着対策として農業を県の産業戦略として位置付ける2.地球温暖化に伴い稲作銘柄に耐高温性の品種改良3.自給率改善に向け生産品目と量の指標設定4.担い手や法人に対する支援策の充実を求めたい。

 略歴:1933年生まれ。宇部興産(株)ケミカル工場入社。51年軟式テニス国体選手。53年全国青年の主張大会で最優秀賞を受賞。宇部興産(株)労働組合協議会初代会長。山口市農業委員会、山口市自治会連合会会長や山口市行政合併推進協議会委員、県組合長会議議長なども務める。
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「戸別所得補償制度、その光りと陰」(2) 山口大学農学部、糸原義人教授

10.6.8

 日本農業の復権は、歴史の検証から始まる。
 
 1960年池田勇人内閣の所得倍増計画の下、地方から太平洋ベルト地帯に多くの若者が“金の卵”として就職していった。1ドル360円の為替レートで対米黒字が急増し、1973年日本は変動相場制に移行した。以後円は一貫して高くなり、現在では90円前後になっている。
 
 日米貿易摩擦解消の過程で、日本の農産物自由化品目は拡大し、WTO発足後、円高下での自由化で日本の食料供給は輸入農産物が主流となっていく。
 
 戦後日本の農業構造確立は、1961年の農業基本法制定後であり、選択的拡大という構造改革が国家品目の“米”と選択的拡大作目である“畜産・果樹”に集中的に施行され始めた。また、選択的拡大作目も、自由化、円高による価格下落によって農業経営は悪化し、選択的拡大政策は事実上破綻した。
 
 1995年11月の食管法廃止は、農業所得維持政策の廃止と同義であり、また、1995年1月発足のWTOに中国が加盟し、農産物輸出競争に本格的に加わり、日本農業は米国・中国の輸入農産物の狭間で衰退することになった。
 
 失われた20年を経て、日本の財政が1,000兆円近くの債務を抱えている現在、様々なリスクを考慮した農業政策が求められている。食料自給率向上策はその一つの現れである。
 
 では、日本農業がここまで衰退した理由は何か?復権の可能性はあるのか? 
 
 日本農業衰退理由を踏まえながら日本農業の発展要因を述べれば、1.世界最大規模で急騰しすぎた為替の適正水準までの是正、2.海外農産物市場開拓、3.新規就農者、新規農業法人、農外企業法人の開拓、4.農業強化・保護育成政策の創出・推進、5.慣行農法の再考、新規需要・流通開拓、不在地主を含めた農地制度改革、6.将来展望を持った農政推進等が挙げられる。
 
 日本の農政で必要なことは、国際農産物市場を利用しようとする覇気である。為替への対応がされず、常に円高でただ輸入農産物の脅威に怯える農業では、生産者が夢をもって農業生産に励むことは難しい。しかし、以上のような点が解消されれば、世界最高水準の品質を誇る日本農業に復権を求めるチャンスはある。
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「戸別所得補償制度、その光りと陰」(1) 山口大学農学部、糸原義人教授

10.5.21

農学博士糸原義人教授
農学博士糸原義人教授

 

 戦後日本農業は池田勇人内閣下、1961年の農村版所得倍増計画の農業基本法によって確立されてきた。規模の経済性を理論的支柱に、「自作農維持」を標榜して「儲かる作目を大量生産する」選択的拡大政策は、現在の日本農業の根幹を形作ってきた。

 戦後の所得倍増計画は高度経済成長をわが国にもたらしたが、しかし、米国への輸出急増による貿易黒字の拡大は、急激な円高とともに、工業製品と農産物のバーター貿易として米国からの食糧輸出圧力となって現れ、柑橘、牛肉貿易の自由化、そして WTO設立により、米を含めて全ての農産物貿易の自由化が進み、農産物価格は低下の一途を辿ることになった。

 円高と自由化、あらゆる作目の低価格化が進む中で、選択的拡大路線の破綻、そして食管法の廃止は、米国そして中国からの農産物輸入急増の中で、日本農業の衰退をとめどもなく進めることになった。

 今政府は「戸別所得補償制度」という“新食管制度”とも言うべき制度で、旧「自作農維持制度」を復活させ、それによって「食料自給率」の向上を図ろうとしている。

 確かに、財源が許す範囲で全ての農家が黒字になるのは良い。しかし、高齢化が進み過去と状況が様変わりしている今求められているのは、円高のために輸入食料が確保しやすい状況下で食料自給率の増減によって一喜一憂するのではなく、公的債務残高が 1,000兆円になろうとしている現在、今後の様々なリスク、すなわち円の急落、輸入食料価格の高騰等に備えて、先を見据えた多様な食料自給率向上策を施行しておく所にある。それは、単に財源を年金高齢者にもくまなく支給するというのではなく、例えば、世代交代を進めるために就農希望の若者が就農しやすい環境整備(教育・制度改革等)や生産調整をしなくても良いような日本の高品質農産・加工品の輸出制度改革等、自給率向上に直接・間接的に関連する施策展開がバラマキを廃した「戸別所得補償制度」と同時に相当の予算規模をもって進められなければならない。

 こうした、食料生産・加工・流通における旧自民党政権を凌駕するような次代を見据えた新たな構造改革が明示されない「戸別所得補償制度」には、どこか空しいものを感ずるのは私だけだろうか?

糸原教授略歴
 1948年生まれ。京都大学大学院農学研究科修士修了。農学博士。中山間地域の活性化や地域経営管理構造の最適化などを研究。95年から山口大学農学部教授。県中山間地域等直接支払い制度検討委員会委員や山口市環境審議会委員なども務める。
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農事組合法人「やまぐち自然薯生産組合」代表理事岩政幸人(70)

10.5.10

「やまぐち自然薯生産組合」岩政代表(70)
「やまぐち自然薯生産組合」岩政代表(70)

 

 健康食品「自然薯」の全国普及に取り組む柳井市の農事組合法人「やまぐち自然薯生産組合」代表(元JA南すおう経済部長・理事)の岩政幸人さん(70)は4月中旬、県内外から165人のオーナーが参加し自然薯栽培の開園式を開らいた。親子連れで応募したオーナーらは、事前に法人が準備したほ場で、埋め込まれた畜産波板シートに山土入れ、案内棒に記された位置に種芋を植え付けた。植え付け後ムカゴ入りご飯や自然薯餅を食べながら、生産者との楽しい交流を深めた。

 オーナー農園を始めた当初は60人で、4年目の今年は165人と健康食品の関心とともに年々参加者は増加してきた。自然薯栽培は60グラムの種芋を埋め込んだ波板シートの上に置き覆土する。オーナー農園での栽培管理は法人が行う。

 自然薯は滋養・強壮など若返り山薬として人気があり、同法人では優良系統の種芋を育成し、全国に向け供給している。また、6次産業の取組により、地域の活性化を推進するため、農商工等連携事業の認定を受け、自然薯らーめんや冷めん、団子汁などを手掛け、Aコープや道の駅などで販売し好評を得ている。2006年に組合員25人で法人設立。「自身も健康を保ため毎朝自然薯と納豆をミックスして食べている」と、健康食品に自然薯は欠かせないと話す岩政代表は「オーナー農園の活動を通じ後継者を育成するとともに、加工品の開発など事業の拡大にも取り組みたい」と、意欲を示す。
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JA山口東経済部営農技術顧問江本透さん(70)

10.4.28

現場でクリの剪定指導する江本営農技術顧問
現場でクリの剪定指導する江本営農技術顧問

 

 農家には裸で指導し、信頼関係を築いてきたJA山口東経済部営農技術顧問の江本透さん(70)は、今も現役の営農指導員として技術指導や農薬使用基準などの指導に当たり、10年間生産者とともに歩んできた。岩国農林事務所農業部長を最後に定年後、縁あってJA山口東に入組。県農業改良普及員としての40年間は主に、旧岩国市、玖珂町、美川町、錦町、美和町、周東町、由宇町、本郷村管内で特産のワサビ、クリ、コンニャクの栽培技術を先輩から教わり、指導に携わった。そのため地域特産の思いは強く、JAでは培ってきた経験を生かし、2002年一般野菜から始めた営農塾は、2年目に果樹、2006年は専門分野のワサビ、翌年はくり営農塾の開設に繋がった。また、防除基準や野菜栽培テキストの作成や水稲、園芸作物の暦も作った。

 今は昔に比べ収量も最盛期の1/3と厳しい状況で、「このままでは美和町特産品『岸根くり』やワサビはなくなる」と心配する。このため担い手確保に向け農林事務所の支援や資料作成、講師をするなど営農塾に力を入れてきた。その成果が現れ今まで営農塾を修了した塾生62人のうち20人が担い手として活躍する。塾生は行政やJA職員のOB、定年退職者、新規就農者など幅広い。「今後管内の休耕田を生かし、標高差を利用したホウレンソウやはなっこりーなどの露地野菜の生産拡大を図り、脆弱な生産基盤から規模拡大など、本格的に共販作物として収穫が確保できる特産地にしたい」と、意気込む。

 「流通で今一番求められているのは集荷体制の一元化。地元市場を熟知し決裁能力の高い卸会社と連携して、安全・安心の農産物の販売ルートを確保すること」と、地域を重視した市場ルートの大切さも強調する。 国が進める減反政策など農業を危惧する疑問には、自身の考えを直接農家に訴えてきた政策通。「これからも現場主義を貫き、持続できる農業の構築とともに、農家所得の向上に向け、助言を惜しまず農家を支えたい」と、農への思いをにじませる。

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地球温暖化に貢献する水力発電

10.4.14

毎日点検する巡視員の藤本博さん(75)
毎日点検する巡視員の藤本博さん(75)

 

 地球温暖化防止対策とエコ社会の実現を目指し、自然エネルギーを利用した小規模な小水力発電が再生エネルギーとして注目されている。岩国市の錦川水系大野川にある稗原発電所は1967年に設置され、JA山口東が許可権者である岩国市(当時は錦町)から取水施設管理者として委託を受け今も発電を続けている。約40年間省エネ発電として活躍、今は償還も終わり、発電される電力は中国電力㈱に売電しJAの経営にも貢献している。

 元錦町広瀬農協の中村貞夫参事は「当時農村地域は電力供給量が少なく、広瀬の一部にランプを使用していた家もあった。この施設は農山漁村電気導入促進法の適用を受け、導入に至った。水路が決壊し崩れた山を買い取ったこともあった」と、当時を振り返る。県内では広瀬と今の山口市阿東町生雲のほか、計3つの発電所があったという。

 発電方式は、河川の流れを貯めることなく、そのまま発電に使用する「流れ込み式」の水力発電。取水口から1509メートルの導水路で水槽に導かれ、そこから114メートルの落差のある水圧鉄管を通り、300KWを発電する水車を抜け放水される。梅雨時期は水量が豊富で発電能力が高い。

 発電設備の基本点検は電気保安協会に委託し、毎日の保守点検は巡視員の藤本博さん(75)が担当している。藤本さんは以前はJA職員で30代の頃は2人で交代勤務した。日常の巡視点検は積算電力計、水車の回転数、電圧などの計測や回転部分の油差しなど発電運転に大切な点検を行っている。雷による発電が止まった場合の対応や水槽の落葉を取り除くのも大切な作業だ。

 今、稗原発電より小さく狭い川や農業用水路の自然エネルギーを利用する小水力発電の電力供給量は増加の方向で、住宅用太陽光発電パネルと併せ、温室効果ガスを削減する再生エネルギーとして期待が寄せられている。

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地産地消のコロッケ製造業者の中島真哉社長(38)

10.3.17

販路拡大に向けスタッフとミーティングする中島社長(中央)
販路拡大に向けスタッフとミーティングする中島社長(中央)

 

 「はなえる」コロッケ人気度NO1と自称する(株)「なかしん」中島真哉社長(38)は、美祢市の小さな会社でコロッケ造りをスタート、5年前に本格的に取り組みたいとコロッケ製造工場を立ち上げた。お米(晴るる )、ジャガイモ、美東ゴボウ、岩国レンコンなど地元食材でブランド「はなえる」コロッケを商品化、食材固有の旨さと、今までにない小気味よい食感が消費者に喜ばれ、販売を伸ばしている。「これから都市圏に向け地方から新鮮で安全な商品を発信することで、地元農家に還元したい」と、地産地消を強調する。ブランド名「はなえる」は県の方言で「始める」を意味する。地産地消のコロッケ製造は熱血社長と18人のスタッフ、地域の農家とも交流し、製造業者と生産者が一体で取り組む。中島社長は「人が口に入れるものを造るという自覚が必要」と、日頃から職員に声かけし、製造過程に問題があれは、初めから造り直すほど、こだわり商品に自信をにじませる。小売店や移動販売車も導入し、販売網を広げている。
 
 都市圏への販売増を見込み、昨年設備投資し、冷凍室も備え3,000個から14,000個製造できる新工場を増設、今後販売額を2015年には7億円に乗せたい考えだ。またコスト低減に、美祢社会復帰促進センターに手間のかかるジャガイモの皮むきを依頼、流通経費削減のため、直接地元の生産者から双方が納得のいく価格で食材を買い入れている。
 
 最近の都市は台所がなく、レンジしかない住宅が増えている。このため簡単にレンジで温めて食べられる「レンジでポン」新商品を開発、スーパーやコンビニエンスストアー、インターネット販売でさらに販路拡大に夢を膨らせる。地元でジャガイモを栽培する梅香営農組合やJAも「需要が伸びて営農組合の経営安定に繋がれば」と、全面的に協力する。
 
 中島社長は都市と農村を結ぶグリーンツーリズムの活動も経験、「故郷の活性化とともに農家の手助けになれば」と、耕作放棄地の解消に地産地消のコロッケ製造に踏み切った。今もその思いが心の支えになっている。

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農産品加工で地域を元気に/和田農産物加工グループ

10.3.8

みそ造りで米麹の切り返しをする「和田農産物加工グループ」のメンバー
みそ造りで米麹の切り返しをする「和田農産物加工グループ」のメンバー

 

  周南市の中心部から車で30分、山林に囲まれた周南市高瀬のJA周南和田農産物加工所。60代の女性7人が運営する「和田農産物加工グループ」が、地元の特産品を活かした加工品で売上げを伸ばしている。

  同グループは、1989年に40代の主婦を中心に設立し、県や市、JAに働きかけて1991年に同加工所を設け、ここを拠点に活動する。高瀬みそ、高瀬こんにゃく、オレンジケーキ、高瀬饅頭の4商品を造り、JA直売所や道の駅などで販売する。代表の友田タカ子さん(63)は、「私たちの商品は全てゼロから造り上げてきた。どれをとっても自信作」と、自信をにじます。

  素材は地元産にこだわる。特産のコンニャク芋を活かそうと手探りで始めたこんにゃくは、試行錯誤と研究への努力が実を結び、現在煮物用とさしみ用の2商品で売上げの半分を占める主力商品となった。市の学校給食にも納入し、毎年加工所に地元小・中学生を呼んでこんにゃくやみそ造りの体験学習など、地産地消や食農教育に一役買っている。

  地域と連携した活動も大切にする。昨年は高瀬茶などの加工品との詰め合わせ「和田ふるさとセット」を販売し、評判は上々で県内外へ120セットを売り上げた。

  これから技術の伝承をしながら自然に世代交代していくのが願いだ。「造る喜び、売る喜び」を地元の若い世代にも知ってほしい。それがグループ立ち上げや加工所設立の際、力になってくれた地元の先輩女性たちへの恩返しでもある。

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山口市徳地船路の椎茸栽培農家、井原英夫さん(77)

10.2.17

椎茸の原木が並ぶハウス内の英夫さん夫婦
椎茸の原木が並ぶハウス内の英夫さん夫婦

 

 昨年、椎茸などきのこ類の調査研究や栽培に功績のあった者を表彰する森喜作賞の生産部門の一名に山口市徳地船路の井原英夫さん(77)が本県で初めて選ばれた。
 
 井原さんは妻の啓子さん(73)と50数年の永きにわたり椎茸生産一筋の専業農家。当初仲間づくりに徳地町椎茸生産協議会や船路産業振興会も立ち上げた。今は徳地林業振興会会長として、椎茸振興に貢献している。井原さんは「椎茸栽培を始めて54年目に思いがけない賞をいただき、感激と喜びがある」と、笑顔で話す。
 
 経営は林業と椎茸栽培で、林業(40ヘクタール)は外材に押されて不況。今は主に椎茸栽培の原木材(6ヘクタール=くぬぎ林)を育て種齣を年間4,000本~5,000本打ち込み、毎年乾燥椎茸を出荷する。先輩から椎茸生産は原木づくりが基本と教わり、計画増産するため40年前から原木の苗を植え付け、20年後に椎茸の原木として伐採する。原木の耐用年数は約5年、数十年の歳月を経て生産する椎茸は、この作業を毎年繰り返すことが収穫に繋がり生活基盤も確立できる。
 
 食品の偽装表示が発覚して以降、消費者は安全・安心な農畜産物を求めている。農薬や化学肥料を一切使用しない椎茸は人気があり、生産が追いつかない状況だ。収穫は春と秋の2回で需要も反映して昨年も完売した。
 
 標高差を利用した栽培は、寒暖差と年間を通じた雨量で、美味しい椎茸に仕上がり、収穫時期もずれて作業が分担出来る。自然力で育った椎茸は「自分で販売することが大切」と話す英夫さんに、対面販売で協力する啓子さん。「消費者指向は自然食品に向けられている。椎茸は栄養化も高く、健康食品として喜ばれており、安全な椎茸を広くPRしたい」と、意気込む。女性部「森のきのこグループ」活動ではイベントに参加、固定客を増やすとともに、管内の直売所やJA加工センターへ出荷する。英夫さんは担い手を育てようと地元小学生を招いて種齣打ちの体験など食農教育に協力する。「息子も良き理解者で休日は手伝ってくれ、後継者として期待している」と、顔が自然と微笑む。

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「郷土料理を伝える」宇部市吉部の夛谷敦子さん(69)

10.2.4

農産物加工センターの夛谷さん
農産物加工センターの夛谷さん
郷土料理「ゆうれい寿し」
郷土料理「ゆうれい寿し」

 

 体が続く限り郷土料理を伝えたいと農業する傍ら、今日も仲間とともに加工品づくりに精を出す宇部市吉部の夛谷敦子さん(69)は、楠地区生活改善実行グループ連絡協議会会長も務める。夫と二人で水稲2ヘクタールと畑6アール(キュウリ)を栽培、裏作はレタスやはなっこりーなど8アール営む。コミュニティを大切にしたいと朝市「おいでませ吉部」を拠点に、新鮮野菜の出荷やホタル祭りなど地域のイベントにも積極的に協力参加する。
 
 今力を入れているのが、「農産物加工センター」で作る郷土料理「ゆうれい寿し」と「竿まんじゅう」で、消費者や子どもらに広く知ってほしいと体験交流会や試食会、販売活動など精力的にこなす。
 
 食味の美味しい吉部米は、具なしでも美味しい「白寿司」を「ゆうれい寿し」と呼んだ。今は「かやく入り寿司し」の上に「白寿し」を6:4の割合で、寿司枠に4段重ねた押し寿司を切って食べる。最近は寿司の上に季節感のあるキュウリやサンショ、シソなどを置き現代風にアレンジする。昔盆や祭りで親戚をもてなすときに食べた。
 
 「竿まんじゅう」は大内氏の時代、内藤隆春の家臣が、敵を薙刀を使い大勝利し、労をねぎらうため作られたのが始まり。米粉をこねて蒸して長さ80センチ位にし、布の上で伸ばし、アンコを入れて包み適当に切って食べる。表面に赤と青の食紅で描いた模様は鮮やかだ。作り方を「こどもわくわく体験交流会」で教えた子どもらは「美味しい」と喜んでくれた。
 
 同協議会の会員は34人。活動も台所改善から始まり、今は食へ移り変わり「蕎麦の会」など多彩な活動にも取り組む。加工品づくりは全員がイベント時間に合わせるため4、5時起きから始める。敦子さんは30代の頃、農機に左手を挟まれたが、不十な体とは思われないほど「世話好き」な明るい性格がみんなを励ます。「高齢化のなか、農業も現役で活動するのは困難もあるが、手作りの加工品は限られており、これからも一生懸命生改連活動に努力したい」と、明るく答えた。

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環境保全型農業を目指して/粟屋怜さん(53)

10.1.22

元気に育ったハクサイ、ブロッコリー、ダイコン畑の粟屋さん
元気に育ったハクサイ、ブロッコリー、ダイコン畑の粟屋さん

 

 40歳の時に自然農(不耕起不施肥)の世界を観て「美しい」と思った。以来兼業の中で、試行錯誤を繰り返えすうちに、気が付くと卒サラ(4年前)して、専業農家になっていたと話す山口市徳地堀の粟屋怜さん(53)。粟屋さんの有機農業のベースには自然農の世界観の思想(詩想)が源泉だ。山口環境保全型農業推進研究会会員で専業農家として約2.5ヘクタールで有機農業を営む。妻と娘、息子、父母、祖母の7人家族。野菜づくりは、堆肥は冬に作り、耕起するところは有機質肥料をほどほどに入れる。ボカシ肥料づくりは米ヌカとオカラ、一部バーク土壌堆肥も購入するが、後作の場合ダイコンなど何も入れなくても出来る野菜もある。水田の除草に動力除草機も使うが、代かきを念入りに2回施し、草を抑え込むことが大切と考える。合鴨農法も取り入れ、地域の人に合鴨を見て喜んでもらえるよう地域の環境にも配慮する。合鴨農法で8俵、肥料は入れなくても6俵は採れる。今時期の畑はハクサイ、ダイコン、キャベツなどの野菜が勢いよく色づいている。安全・安心の農産物は、専門店や宅配を中心に販売する。今の農業で「家族みんなが健康で暮らしていければ」と、楽観的な人柄だ。
 
 農業の業は「ごう」とも読め、違和感を感じるとも。今までの農業は選択的拡大を進めた結果、本当の豊かさが見失われているのではないかと考える。
 
 自身の農業は自給自足をベースに、農業収入は暮らせる範囲と余裕のある農業経営を目指す。中古の機械で、低コスト農業に挑戦する一方、近代化資金で倉庫を建て替えたいと、計画的生産拡大にも意欲的だ。
 
 JAにエコ50の農家を主に「エコ農法研究会」を立ち上げ、昨年試験田で合鴨農法により水稲栽培した。収量は6俵あり、農家の中には期待する兆しもある。今の農業に求められるのは「農産物が再生産できる適正価格の世論形成に努めるとともに、消費者と生産者、JAがともに連携し、地球にやさしい環境保全型の農業の構築を望みたい」と、思いをにじませる。

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石田農具製作所店主の石田泰史さん(84)と妻の登芽さん(77)

10.1.4

「風呂鍬」を手作りする石田さん
「風呂鍬」を手作りする石田さん

 

  【山口】親から引き継ぎ1本1本手作りの農具を製造する宇部市の石田農具製作所店主の石田泰史さん(84)は、妻の登芽さん(77)と二人で、木製の柄に鉄製の刃先を付けた木の鍬「風呂鍬」を製造する。今でも切れ味、長もてがする、使いかってが良いと、手作り農具に愛着を持つ農家に人気がある。


  創業は1937年。農業の機械化が始まる前は残業しても納期が間に合わないほど注文があった。今は農業の衰退と機械化で需要も減るなか、家庭菜園や機械で耕起できない所を鍬で利用する農家が訪れる。県内の一部JAへ納入する。製造と修理は時間がかかり収益も度外視し、訪問修理も気軽に応じる。最近安い物が量販店に出回り、個人経営は大変な状況だが、石田さんが刃先に硬い樫の木の柄をかしめて締めて作る「風呂鍬」は高度な技術が必要。手作り農具の製造は県下ではここのみ。エコ農業では必要不可欠な道具で、伝承技術として貴重な存在だ。


  店内はノミ、カンナ、ドリルなどがぐるり並び平鍬や菜園鍵、三鍬、植木堀や片手鍬などや、最近は錆びない泥が付きぬくいステンレス製の鍬の刃先に鋼を溶接した鍬も販売する。数年前まで柔剣道を子供らに指導、このため県外から武道で使う棒剣の注文も請け負う。「健康で自分の体が続く限り、手作り農具にこだわりたい」と、夫婦は笑顔で話す。

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